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新潟地方裁判所 昭和43年(ヨ)251号 決定 1968年11月18日

債権者 池田直 外五三名

債務者 株式会社東洋館印刷所外一名

主文

債務者有限会社新生社は、別紙労務者目録記載の労務者と昭和四三年九月一四日締結した時間外休日労働協定に基づき、右労務者を債務者株式会社東洋館印刷所の肩書地所在の事業場において、時間外休日労働に従事させてはならない。

債務者株式会社東洋館印刷所は、債務者有限会社新生社に対し、肩書地所在の事業場を前項記載の労務者の時間外休日労働のため使用させてはならない。

申請費用は、債務者らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

債権者ら代理人は、「債務者らは、債務者有限会社新生社が別紙労務者目録記載の労務者と昭和四三年九月一四日締結した時間外休日労働協定に基づき右労務者を時間外休日労働に従事させてはならない。」との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

疎明と審尋によつて一応認められる事実とこれに基づく判断は次のとおりである。

一、東洋館の労使紛争

債務者株式会社東洋館印刷所(以下単に東洋館または会社という)は、印刷・製本業を目的とし肩書地に本店と事業場を有する従業員約一五〇名、資本金一五〇〇万円の株式会社であり、債権者らはいずれも東洋館の従業員で、債権者らを含む東洋館従業員九六名をもって組織する全国一般労働組合新潟地方本部(単に組合という)に所属する組合員である。

東洋館においては昭和四二年度春斗における賃上交渉をめぐって同年五月下旬から一二月にかけ約二〇〇日におよぶ長期間の争議があり、また、昭和四三年五月には組合役員に対する懲戒処分が行なわれ紛争を生じていたところ、同年六月一二日労使間の時間外休日労働協定(いわゆる三六協定)の期間が切れ、新協定締結についての交渉も行なわれていたのであるが、組合は会社提示の協定案に反対して以降時間外休日労働を拒否したため、会社は同月二八日右協定の締結拒否は争議行為にあたるとして組合に対し争議通告をしてきた。

一方、組合は同月二九日会社に対し夏季一時金の支給について要求書を提出し、七月九日にはスト権を確立して同月一六日の団交が決裂するや直ちに会社に対し争議通告をした上、同月一九日以降指名、時限、部門の各ストライキを繰り返し、前記の時間外休日労働の拒否とあいまつて会社の平常操業を妨げ組合の要求を貫徹しようと試みた。

これに対し会社は東京方面からいわゆる渡り職人を臨時に雇い入れ、七月二二日以降オフセツト課に四、五名、同月二四日以降文選課に四、五名、八月八日以降植字課に三名、その他機械課に二名と計一四名ないし一五名前後の労務者を各職場に配置し、これら代替労務者(その数、配置場所は流動している)に時間外休日労働をさせ平常操業の確保を図つていたところ、所轄の新津労働基準監督署から労働基準法三六条違反の疑いにより右労務者の時間外休日労働について停止勧告を受け、右労務者を右労働に従事させ得ぬ状態にあつた。

二、新生社の設立とその実体

その後同年九月一二日に至つて債務者有限会社新生社(以下単に新生社という)が設立され、同月一四日新生社代表取締役小田進一と労働者代表中島己代治との間で主文記載の三六協定が締結された。

ところで、右新生社代表の小田進一は東洋館の取締役(他に東洋館代表の錦織豊松も新生社取締役となつている)であり、右労働者代表の中島己代治ほか別紙記載の労務者はいずれも東洋館に臨時雇傭されていた渡り職人で新生社の設立と同時に同社に雇傭されたもので、右新生社の資本金は僅か一〇万円で独自の作業場および機械設備は何も持たず東洋館の肩書地所在事業場内において東洋館職制の指揮下で債権者ら東洋館従業員と混然となつて印刷製本の流れ作業に従事し、かつ前記三六協定に基づき時間外休日労働に従事している(なお小田進一は設立一〇日後の九月二二日代表を辞任して吉田一夫が代表取締役に就任し、錦織豊松は取締役を辞任した。また資本金は一一月一日五〇万円に増資された)。

三、債務者らの不当労働行為

以上の経過的事実よりみれば、東洋館役員は債権者ら組合の争議効果を減殺する目的で臨時の代替労務者(いわゆるスキヤツブ)を雇入れ、これら労務者の時間外休日労働によつて平常操業を確保せんとしたが、東洋館の事業場では債権者らの組合員が事業場の過半数を占め争議手段として三六協定の締結を拒否し、従つて右代替労務者も東洋館の従業員としては時間外休日労働に従事し得ないところから、東洋館と別個の新生社を設立しこれが右労務者を雇入れ三六協定締結の上、事業場は賃借、仕事は下請という形式をとり、右労務者を東洋館事業場内において時間外休日労働に従事せしめているもので、右のような意図をもつて設立された新生社は、その形式的な法人格において東洋館と別個であるとはいえ、実体において同一といわざるを得ないし、また、新生社が右労務者と締結した三六協定に基づき東洋館事業場内において時間外休日労働に従事させているのは明らかに労働基準法三六条の制限規定を免れんとした脱法行為と認められる。

四、被保全権利と保全の必要性

以上述べたところによれば、東洋館およびこれと実質的に同一とみられる新生社は、労働基準法三六条違反の脱法行為をもつて債権者ら組合側の争議行為に対抗し東洋館の平常操業を確保せんとしており、このような違法な対抗手段をもつて争議効果を減殺し債権者ら組合側を不利な立場に追い込むことは債権者ら組合側に保障された争議権の行使に対する違法な侵害として不当労働行為(広い意味での支配介入)に該当する。

そして右のような不当労働行為に該当する具体的な争議権侵害行為について債権者らは労働委員会に対しその救済を求め得るのみならず、侵害者である債務者らに対しても直接その排除を求める私法上の請求権を有しこれを被保全権利として裁判所に対し侵害行為の差止を求めることも許されると解すべきである。

また、右債務者らの侵害を放置するにおいては、債権者ら組合側の争議効果が減殺されることは明らかであるから、直ちにこれを差し止めるべき緊急の必要があるものと認められる。

よつて、本件仮処分申請を主文記載の限度で認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 大塚淳 井野場秀臣 戸田初雄)

(別紙省略)

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